自分に嘘を付いている時、嘘も方便という言葉を他人にも使う状況が生じる。

社会的に肯定されている「嘘も方便」。

その意味について触れたことがありましたが、嘘も方便について因果の点から捉えることも出来る。

ただし、因果についてはタブー化している環境が多いため、嘘も方便という言葉を柔らかく捉えて終わる。

これが一般的。

でも、そこには因果も潜んでいる。

自分への嘘はどのような種類のものであっても肯定すべきではない。

その嘘が嘘も方便を引き寄せ、その後に大嘘を生み出すことになるから。

嘘を純粋に嫌っていること。

嘘も方便という言葉に出くわしたら寛容に。それでも見識を維持して。