永遠の生命 性はどのようになるのか

 
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永遠の生命について、先に以下の記事を参照ください。
参考記事1:最大の不労所得 永遠の生命
参考記事2:この世で永遠に生きる人
参考記事3:永遠の生命 彼が示すこと

 

実際にこの世で永遠の生命を得た場合、性に対する態度はどのようなものになることが想定されるでしょうか。

 

まず、永遠の生命を得た人が生きる精神世界では、与えることで最大の喜びを感じるはずです。

 

人から奪うことや競争して人よりも多くを得ようとすることに興味はなく、より多くを人に与えることに最大の喜びを感じることになると私は思っています。

 

その前提として、もちろん自分が今受け取っているものに関して、全てを正確に認知することが出来るようになるのことが必要と考えています。

 

この点について学問が役割を果たすと私は考えていて、私自身もこの仕事を残しています。

 

それは大仕事に今は感じるので、長期的なものとして捉えています。

 

永遠の生命を得た存在と、競争や奪い合いなどの中で人よりも上に立とうとする存在とでは性に対する関わり方も、かなり異なるはずです。

 

資源や食料などが不足していて制約があり、競争心や恐怖心、それから不安感で人生が覆われるほどに性への欲求は強いものになる傾向があります。

 

食糧の貧しい国、競争が激しい国、生命保存に対する不安を明確に感じる国で人口が爆発し、平和で豊か、安定した国で人口が減少していることから考えても、これは頷ける話だと思います。

 

ですので、先進国の人々が病的になっているために子供が減っているといったようなことを言う人もいるようですが、私はそうは思っていません。

 

永遠の生命を得た存在は与えることが最大の喜び、その世界は平和で温和、安定していて対立ではなく豊かな調和に満たされている。

 

その世界で「性」はどのように取り扱われることになるでしょうか。

 

平和と安定、喜びに完全に満たされた状態では性欲は今より小さなものになっていくと思いますが、生殖器自体が急に消滅するようなことは考えにくいでしょう。

 

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その環境の中で「性」は感謝され、喜びを感じるものとして今よりも共有されることになると思います。

 

色々な人との「性交」や「これに類する行為」について、もう罪も恥ずかしさはなく、「ありがとう」という感謝の気持ちと「どういたしまして」という奉仕の喜びが存在することになるだろうと思っているのです。

 

例えば、女性が男性の性欲を処理する場合には「感謝」や「喜び」の気持ちで二人が包まれる状態になることを意味します。

 

そこには相手を自分のことのように思う二人の存在があり、相手を自分と対等な一人の人間として認め合っている関係が前提で、見下したり馬鹿にしたりするような関係ではありません。

 

今の風俗店でも似たようなものがあるのかもしれませんが、社会でもっと健全な空気を伴ったものが必要と思います。

 

社会は前を向き、もっと性を捉えなければいけないでしょう。

 

例えば「慰安婦」問題を見ても、問題の本質はこのような誠実さの欠如にあることが分かります。

 

そこには恐怖や不安を強く感じる戦争、生存競争の中で、高まる性欲を真正面から冷静に捉えることが出来なかったということも要因としてはあったと思いますが、そのような状況下においても、「感謝」や「喜び」で満たされた関係は構築可能だと私は思います。

 

強制的なものであれば、謝っても謝っても嫌な思いをした人の気持ちは解決しにくいことでしょう。少なくとも、その心に配慮した態度や言葉遣いが出来ないのであれば個別事例において色々の事を知っていたとしても、その人の口からは何も言わない方がよいと感じます。
 


 

日本だけではなく世界で発生するテロや戦争、対立の背後には「性」に対する盲目さを感じることが多いです。

 

色々な宗教がありますが、どの宗教に所属していても、自分の性欲を満たすために人を強制的に性奴隷にすることは正当化されるはずがありません。

 

色々な物が限定されていると認識している環境の中で競争が生まれ、対立が生じ、その中で性に対する欲求は動物のように強引性が高まってくる。

 

人々の間でも暴力が発生しやすくなる。

 

このような世界から逃れようとして極端な禁欲主義に走るが、その後に失敗してより暴力的強制的な思想になっていく。

 

このようなことを内包する世界は今、永遠の生命を現実的なものとして捉えようとしていますが、その光に合わせて各々の文化グループや宗教グループで、もっと「性」に対する感謝と喜びに満ちた捉え方はないか具体的に考えるべき時期に来ているのかもしれません。

 

もっと、オープンに客観的な思考力を持った色々な宗教人が「性」について考え、語り合う必要があるように感じます。インテリほど恥ずかしがるように感じますが、恥ずかしがることはないのです!

 

当たり前ですが、世界の皆に性器は付いているのです!「下ネタ」としてではなく、もっと慈悲深い視点でこの話題を捉えようではありませんか!!!

 

同じ身体を持って生まれながら、違う文化の中で違う教育を受けて違うように物事を捉えて違うように考えて対立しているのです。
 

イキがっても皆同じもんが付いているのです。

 

「感謝」や「喜び」に満たされた感情が、それぞれの宗教や文化の中でさらに増していければ良いのだと思います。

 

それが最終的には「感謝」や「喜び」という点で、同じ感情でつながっていたことを体感することになるのではないでしょうか。

 

彼の世界という点では、やはり全ては一つにまとまってくるはずです。

 

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