嬉しさ倍増!プレゼントや贈り物の考え方 ~不労所得からのアプローチ~

 
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突然ですが、100万円をもらったら嬉しいですか?

 

「嬉しい!」

 

そう思うことが多いと思います。

 

でも、実際にこの状況を経験すると、意外にも嬉しくないことが多いと思います。

 

人が嬉しいと感じる時って、単純ではないですよね。

 

100万円もらって嬉しくないだなんて、想像付きませんかね?

 

リアルに想像すれば、意外に嬉しくないことが多いと思いますよ。

 

そこには人間関係があって、色々なことが入った100万円です。

 

今考えているよりも、感情が色々と動かされた100万円であることが多いはずです。

 

100万円という話ではないですが、私自身も高校生の時に日常的に親戚からお金をもらい続けていました。

 

その時はお金の価値なんて全く分かっていなくて、お金は単に大人がくれるもの。

 

そして、あると色々物が買えるもの、大人が子供に渡すべきもの、そういう感じで、感謝の感情とか持ってなかったんですよね。

 

もらっていたこと自体を後悔しているわけではないのですが、やっぱり日常的には、もらうべきではないと今はそう思っています。

 

たまに会ったときのお小遣いなら別ですが、いつももらってたんですよね。

 

何だか少し負債感があるんです。自分の中でね。

 

それに「嬉しい」という感情が全くなかった。

 

今、自分が大人になって親戚の子供などにお小遣いをあげる立場になって意識しているところは、こういうところですね。

 

だから、基本的にまわりと同じタイミングではあまりあげないですね。

 

それに、嬉しいことは単に金額だけで決まるわけではないことも多い。

 

これも自分が嬉しかったときのことを思い出すと共感する人も多いと思います。

 

受け取った人が目を丸くして「やったー!」となってくれたら、最高の贈り物だったと言えるのではないでしょうか。

 

メルカリなどを見ていると、誰かにもらったのであろうブランド物のカバンとか洋服とか靴とか時計などが沢山出品されています。

 

言葉では「ありがとう」と伝えても、全く嬉しい感情がない。

 

そういう贈り物が数多く出品されていることと思います。

 

だから、何かをアゲルとき、本当にその人に自分の心が向かっているのか要チェックです。

 

そうでないと、逆にモットくれ!とせびる人々に包み込まれてしまうことだってあるんですよね。

 

本当の意味で人に最上の方法でお金やプレゼントを贈る行為は知性が要求されると思います。

 

「多分くれるだろう」と思っている時にもらったものって意外に嬉しくないことも多いはずです。

 

「多分くれるだろう」と思っている時にもらえなかった時は不平不満、不足を感じることになるのかもしれません。

 

この不平不満、不足を感じた後に、時間が経過してそんな気持ちも忘れ去って過ごしていたある日、全く予期していないタイミングで欲しかったものが贈られる。

 

こういう時に嬉しさを強く感じることと思います。

 

関連した話題がそういえばありましたが、最近ニュースで寄付についての話題が取り上げられていました。

 

病院に70億寄付したとか、救急車を一台寄付したとか、気前の良い心意気だと思います。

 

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尊敬すべき行動だと思います。

 

ですが、、、このニュースに接した人は不特定多数です。

 

それに病院や市などの方々は寄付した個人を当然ですが特定しているはずです。

 

寄付をされた方の行為を否定するつもりは当然ありません。

 

ただ、本当の意味で人に最上の方法で何かを寄付することを私が考えた場合、市の病院に70億とか、命を助けてもらったので救急車を一台とか、こういった選択が最良だったとは思いません。

 

やはり、最上の喜びに寄り添い続けたいですし、誰かに不足感や劣等感を感じさせてしまうきっかけになることも避けなければと考えています。

 

これを単純に実現することは難しい。そうであれば、私ならば・・をしますね。

 

これは人それぞれだと思います。

 

それから、プレゼントや贈り物の取り扱い方ですが、これはその人の心を暗示すると思います。

 

このことは、不労所得の思想から考えても同じことが言えます。

 

このあたりが日本の教育には完全に枯渇していますね。

 

そもそも、このことが分からずに暗記型エリートを育てたら、その後は「・・・は盲目同然である。」との言葉通りになってしまうことが多いでしょう。

 

こういった点からも、日本で行おうとしている教育無償化策であったり、既に東京や大阪で行っている教育無償化からは、その心を感じとることが出来ます。

 

不安感や不足感に包まれた心です。

 

それが多くの人たちで伝播しつつあります。

 

その一方で「感謝」を感じる人もあることでしょう。

 

不安感、不足感、疎外感。一方で感謝と歓喜。

 

こういったものを同時につくり出す。

 

不安定感が増していくというわけです。だから、無理な安定感を演出せざるを得ない。

 

そのような状態では最上のプレゼントなど贈るだけの視点も定まらないものです。

 

自身の安定、不安定に目が向いているわけですからねぇ。

 

今、政界を見てください。

 

不安感、不足感、疎外感から逃れようと、多くの政治家が自身の立ち位置を気にしています。

 

それは大事なことなのかもしれません。

 

ですが、そんな視点だけで、人々に何かを贈ることは出来るのでしょうかね。

 

そもそも何のためにと、立ち位置を思い返すことはあるのでしょうか。

 

それが無いのであれば、その後は「・・・は盲目同然である。」との言葉通りになって、無能者を取り囲む暗記型エリートがこの言葉を成就させてしまうことになるのかもしれませんね。

 

このような不安定感の中にある場合には、何も与えない。ただ見守るだけという選択が最大のプレゼント、贈り物であると判断すべき局面もあるものです。

 

不労所得の思想から言えばね。

 

これは個人に対するプレゼントでも同様です。

 

不安定感で満たされた心では多くを受け取れないし、与えることもできない。

 

その時はただ時間が経つのを待つ。状況を見守るだけという選択が最良だと判断すべき時もあるということです。

 

ですが、政治プロセスの当事者であれば、そう簡単にはいかないでしょうね。

 

その中での注力すべきは「正しく勝つこと」だと思います。

 

そのことによってのみ、不安定感から逃れる道を得るものです。

 

そして正しい道から全く離れない姿勢、それこそが保守人のものです。そこに敗北はありません。

 

周囲が敗北だと言っているときですら、保守人は敗北しません。

 

そこを理解出来ていないということです。今のファッション保守層や若い言論人は。その意味がね。ここまで言っても多分、本質的には分からない。

 

「心構えは正しく、・・・」の部分なのですがねぇ。はじめの部分です。

 

一時的なお祈りポーズをしたり、一時的に北朝鮮拉致問題を取り上げたり、ゴルフ三昧、温泉マッサージ三昧、一時的な「ふるさと」ポーズにも不毛感。それで次はデタラメ憲法ネタ。加計、森友はこれで誤魔化す。

 

トップに立った人材がこうであるなら、それは本質的に「保守」思想を持ち合わせていないでしょう。そもそも「保守」でもなんでもない。

 

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ごかまかし、嘘、卑怯、逃避、無思想、ファッション保守、テンポラル宗教心を身にまとい、周囲の人へのプレゼントをちらつかせて勝利を得たとしても、その道の不安定感はより一層拡大するものです。

 

それを不労所得の点から言えば、多くを失わせている行為です。

 

得ているつもり。だけど、実際には失っている。

 

そういうことがあるものです。そのことに暗記型エリートは気が付かないものです。

 

なぜなら、目の前に団子を置かれているためです。

 

そのプレゼントは甘くて美味しい。

 

でも、その支払いはあなた自身の値打ちを削って支払うものだということです。

 

その団子を食べた時、何かが成就したことになるのかもしれませんね。

 

そして、その事実にふと気が付いたときには、もう湧き上がる活力は無い。

 

なぜなら、もう削り取られてしまっているからです。

 

それは、これを読んでいるあなたのことかもしれませんよ。

 

どーーーーーーん!!!

 

ほー、ほっほっほっ。

 

私の名前は喪黒福道、

 

今回は特別に少しだけお邪魔いたしました。日本の政界の皆様、お気をつけを。

 

必ずあなたの心に表れることですからね。

 

それでは。

 

あ、そうそう。言論活動をお仕事にされている方々も当然同様ですからね。

 

ほー、ほっほっほっ。

 

 
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