個人の時代がやってくる?シークレットが明かされる時代へ。

個人時代の到来

「ブログでイェーイ!」

 

「YouTubeでイェーイ!」

 

「転売でイェーイ!」

 

「株でイェーイ!」

 

「FXでイェーイ!」

 

ネットを見るとこういう視点が多いですよね。

 

お金は大切。個人にとっても確かに稼ぐのは良いこと。(私ももっと稼ぎたい。)

 

でも、私、ヤクタ@不労所得マニアが考える個人時代の到来は、こういう話だけではないです。

 

それは穏やかだけれども、とてつもなく大きな時代の変革期に入るということです。

 

そして、それは確かに求められ始めていると感じます。

 

例えば、少し前に「帰る家がない」という話題で記事を書きましたが、思っていたよりもこの記事が見られています。

帰る家がない

 

世界の中では本当に小さな話題の一端ですが、そこからも潜在的な願望を感じます。

 

こういったものが特に強くなっている。

 

そうさせる時代の圧力があるとも思っています。

 

それから進学や就職・転職の話題に関しても色々な悩みがあるようですが、これも同様です。

 

ただ、いつも感じるのは固定化した思想空間の中で考えているということです。

 

ネットを見ても同様です。

 

だから、つまらない。

 

個人の時代、願望はどこに

なんだよ、個人っていってもどうせ大企業のオコボレ集団だろって。

 

そういう印象を持ってしまう人がいるようですが、その印象を持ってしまうのは現状では仕方ないようにも見えます。

 

ただ、、、。

 

たとえば、私もネットで顔出しせずに書いていますが、全てを自由に書けるかと言えば、そうでもないです。

 

やはり限度はあります。これでも。

 

特に個人時代の到来について本気で書こうと思ったら、少なくともココでは書かない。

 

サイトにとっても私たちにとってもデメリットしかないからです。

 

ブログでYouTubeで転売で株でFXで。

 

それでお金を得られれば満足できる人が多いはずです。それで良いと思います。

 

そもそも、このさらに先なんて考えたことすらない人も多いはず。

 

そこまでの願望が無いからです。

 

それが悪いとか次元が低いとか、そういう話でもないと思います。

 

人間は願望がなければ主体的には動けないということです。

 

だから、進学でも就職でもお金儲けでも今持っている願望を大切にするしかないと思います。

 

だから、それぞれに色々な答えがある。

 

ブログ記事で書けるのは、こういう話です。

 

少なくとも私の願望については全く見えていないはずです。

 

個人の時代、危ないことも確かに

誠実さを保てれば、いずれつながる。

 

今、ここでアレコレ書いてもマイナスしかない。

 

今の状況は人それぞれ異なります。

 

ネット環境を見ていても個人時代の到来を私と同じような視点で捉えているだろうなと感じる人は国内では見かけません。

 

海外では100年以上前に私と同じような願望を抱いていたと思われる人も見受けられます。

 

そういった生命のバトンが受け継がれるのは信念をともにするからだと思います。

 

その意味はそこに絶対の価値を見出したということです。

 

その信念を失って生きることなどあり得ない。生きている限りは断固死守する信念。そういう絶対的なココロです。

 

ですが、人のことを考えれば、ここまで絶対的にはならなくても、自分の求める価値を学歴においたり、お金においたり、ライフスタイルにおいたり、今の自分にとって手に入れるべきものを自分の人生にとってバランスよく取りにいけば良いのではないかと思いますね。

 

絶対的な思想にした場合には、あぶねー信念になる場合があるよねってところを「学歴」まわりなんかでは特に警告していたわけです。

 

危なさの背後には固定化した思想空間の中で考えているということがあります。

 

でも、これは学歴だけじゃない。たとえば高学歴人材を虜にしたオウムなども過去にはありました。

 

細かく考えれば、人間の社会にはこういう危なさが身の回りにあります。

 

すぐにあります。

 

その危なさの中で個人時代がやってくるといっても、多くの人にとって一番大切なポイントは「お金を稼ぐこと」。

 

だけれども、ネットビジネス、情報商材系とか株とかFXとか転売って・・・嫌だなと思う人もいると思います。

 

「ネットビジネスとかウザい。」

 

「情報商材屋って基本詐欺師。」

 

「相場やってる奴は連れてこないで。」

 

「株とか為替とかの人はうちはダメだからね。嫌いな先生多いから。」

 

「転売ってハイエナみたいだよな。」

 

こういう人までも含めて全ての人が快く受け入れてもらえる個人時代。

 

そういう個人の時代も必ずやってくる!!!

 

ってことですね、私がここで言っておくべきことは。

 

もちろん個人で稼ぐ時代というのは大前提です。

 

個人の時代、その先にシークレットがある

付け加えておくと、私は実際に会ったこともない人の人格を断片的な情報だけで判断することはないです。

 

たとえグレーなことをしていたり、社会的にはブラックと位置付けられるようなことをしたことがあったとしても、自分が会った事のない人の人格までは判断できませんね。私は。

 

そのグレーやブラックの背後に何があったのかまでは分からないからです。

 

今の社会でいえばホワイトを作るために、グレーやブラックを排出しているかのように感じることがあります。

 

だから、私は全く違うところから人を見るように努めています。

 

それが「不労所得の原理」です。

 

私が願う個人時代が到来したら明かされることになります。

 

もし、私が明かすことなく死んだとしても、必ず次の人にバトンが渡されるはずです。

 

それは信念のバトンです。すでに別の人も受け取っている可能性もあります。

 

因みに過去の人が残したバトンは、もっとカッコ良い名称でした。

 

その人はそこに秘密を埋め込みました。

 

知の対抗、知力の暴力的行使と言って差し支えないだろうと思います。

 

不義の時代に覆われたとしても、その反作用として知力の暴力的行使はずっと続いています。

 

不義に対する仕返しをリアルタイムでキッチリと続けているかのようです。

 

これが本当の「シークレット」の力。

 

シークレットは現実に存在します。それをお金で買うことは出来ません。

 

「引き寄せの法則」は本物のシークレットの一つの断面です。

 

もし本物のシークレットをあなたが知ってしまったら・・・私は確信しています。

 

不労所得のマニアになれば「シークレット」に到達します。

 

ですが、これを意図的に人に教えたり、もてあそぶようにしてヒントを与えたりということは出来ません。

 

それが私の中でお金では動かない部分。バトンであり信念ですね。

 

それ以外のことであれば大抵のことは、お金でホイホイ動きます。

 

シークレットの起源は豊かさではなく怒り

シークレット関連の動画を見ていると、とても気持ちが良くなります。

 

良い影響を受けると思います。

 

ですが、この秘め事が生じた背景には「怒り」に似た感情があったと私は思っています。

 

天才の怒りがその後の人類全体に影響し、今も影響しているということです。

 

もう100年もの間。

 

あっぱれな大天才がいたものです。

 

なぜ、誰もそこに到達出来ないのか。

 

それは社会に「誠実」さが枯渇しているからだと私は思っています。

 

誠実さは「知力」の源泉です。

 

誠実さを大切に出来ない人は知力を大切にしないものです。

 

(後追記)
正しさを大切にする。誠実さを大切にする。それでいてしっかりと稼ぐ。
そのために最近急激に人気が出て評判の良い教材を以下でまとめています。
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