令和時代の「保護者」に必要な視点。事件から身を守る方法。

妬みを買わないように

令和の川崎で衝撃事件ですね。

 

カリタス小学校の児童や外務省職員の小山智史さんを含む成人男性二人が被害にあって死亡したと報道されています。

 

大阪教育大学附属池田小学校の事件を思い出します。

 

今回の事件も痛ましい事件ですが、令和ではこういった事件が数多く発生するかもしれません。

 

私はかなり頻発することになると思っています。

 

貧富の差が拡大するだけでなく、社会に不正や不義を感じることが多くなるためです。

 

一方で、この流れに立ち向かう力はもうどこにも見当たらない感じがします。

 

この点での希望がない感じがします。

 

それぞれが「あなたがやったらいいじゃん。」って感じになっています。

 

こういう状況を、どこの組織でも今は感じることが多いと思います。

 

一般企業なんかは、こんな感じの空気だけが流れている会社も多いはずです。

 

みんなが保身で満たされている状態。

 

その保身のために、不正や不義や犯罪に簡単に手を染めてしまう時代。

そしてモラルが壊されて治安悪化が進む時代。

それを見た学者たちが自己責任を主張する時代。

 

自分は保身で満たされているのに、他人には「やったらいいじゃん」「ルールを破れ!」みたいなことを言うだけの状況で言葉遊び感だけが高まっています。

 

この時代に「保護者」はどのように自分の子供を守ればいいでしょうか。

 

物理的に子供を守る意識を高めていく必要があります。

 

カリタス小学校の児童が襲われたような事件に出来るだけ遭遇しないような考え方、生き方が現実として重要になってくると思います。

 

まず、妬みを持たれないように生きること。

 

これが第一です。

 

妬みを持って人を傷つける方が悪いのだから・・・といった理屈は確かにその通りなのですが、目の前の子供を「今」守るなら、まずは妬みを持たれないようにすることです。

 

これだけでヤバイ犯罪に遭遇することは少なくなるはずです。

 

当たり前のことですけどね。

 

犯罪者や社会について不平不満ばかり述べても目の前の子供を今、守れないです。

 

「保護者」は子供を「今」守る必要がありますよね。

 

今、守らないといけない。理想論はどうでもいいはず。ヘタレ学者の正義論もどうでもいい。

 

この当たり前のことが身体感覚として分からない時代になってきているように感じます。

 

リスキーだよね、それ!ってことを子供を持つ大人たちが平気でしていることが多いからです。

 

それからテレビに登場する言論人、学者も同様ですね。

 

自分は大丈夫だったとしても刃物は弱者に向かいます。

 

そういう環境下で、自分が保護者である以上、自分のことだけでは絶対にダメですよね。

 

そもそも親なら、自分よりも子供の身の安全を優先すべきでしょう。

 

自分よりも、子供から派生し続けていく生命全体の方が自分よりも圧倒的に大きな可能性を持つことが多いはずです。

 

子供を絶対に優先です。この感覚は大事です。

 

子育てが無理ゲーだとギャーギャー騒いでいる大人が増えましたが、子育てって基本そういうモノだと思います。

 

無理ゲーだからこそ、子育ては原理的に人生の意味を持つのです。

 

無理ゲーだからといって子供を優先すべきじゃないのかと言えば、それは違うでしょうという話です。

 

ただ、どうしても自分を優先させたい人で、他人の妬みなんか無視して生活したい人は、ボディーガードを常に子供に付けて保護すればいい。出来るならね。

 

それはそれでいいとは思いますよ。

 

お金で解決!ってことです。

 

原理的に問題があっても、他人がそれを間違いだとは言えないです。

 

ボディーガードなんて付けられたら、うっとうしいでしょうけどね。

 

妬みを持たれないようにすること!これは犯罪被害を減らす現実的な姿勢です。その他、防犯まわりのコンテンツは以下にまとめていますので参考にしてください。

関連記事:幸せな不労所得生活の条件。防犯意識を保つ。

 

 

それから、自分だけの考え方を持つことが大切だと思います。

 

社会に犯罪が多くなっていくということは、多数派所属のデメリットが増えるということです。

 

そこにいると危ないことが増える。

 

そういう状況が多くなっていくはずです。

 

なぜなら、その多数派の中でも不正と不義が蔓延し、悪行、犯罪、いじめ、怠慢、欺瞞が蔓延するためです。

 

さらに、そのような領域を不満に思う人が出てくることがあります。で、さらに危険が増える。

 

よって、自分だけの現実的な視点を保ち続けることで多数派のデメリットを出来るだけ回避すること!これが重要。

 

偏差値だけに身を任せないこと。学歴社会だけに身を任せないこと、会社だけに身を任せないこと。地域社会だけに身を任せないこと、お金だけに身を任せないこと。

 

自分の考えを確立して生きないと多数派に流された偏差値社会の大都市では特に問題が急増します。

 

このような点からも東京と逆方向へ向かう話の件を思い出します。金なしコネなし学歴なしの方、以下よかったら参考にしてください。
関連記事:金なし、コネなし、学歴なし。どうすればいいのか?

 

どこかに身を任せたら、トラブルと不幸だらけになることを想定すべき時代です。

 

だから、自分を頼る時代。

 

これが、本格的な「自己責任時代」の到来なのかもしれません。

 

自己責任については、色々な人たちが色々なことを言いますが、自分の事に関しては、もちろん自分の責任、自己責任。

 

無関係の他人様に対して口を出して自己責任なんて言うなということで、これは当たり前の話です。

 

学問のレベルでの会話になっていれば問題ないと思うのですが、学問レベルに学者が到達していない劣化状況が存在しつつ、自己責任を国民に投げつけている状況も生じています。

 

他者への視点に社会の価値を見出すべきで、そこに学問が入る余地があると思いますが、そこが見えていないし見ようともしていない。

 

見ているところが根本的に自分だからです。いつまで経っても外に出られないから。

 

これが以前も話したナルシスト問題でもあるのです。

 

それから、常に人や社会に責任を押し付けることを良しとすることも当然出来ません。

 

個々の感覚のズレも社会として、どのように整理すべきかを考える視点を持つことが大事ですね。

 

最近の国会議員も明示したように、性欲の類もどこまでもズレていくように金銭感覚のズレもどこまでもズレます。

 

社会保障だけを常に受けて生活している層の人たちの金銭感覚はズレまくっていることが結構あります。

 

それだけではなく、まだ際限なくズレていくようなことを感じたことがある人もいるのではないでしょうか。

 

実際に、こういった人たちと接して育ったような人は、こういう現実を知っていることも多いはずです。

 

そういう見識がある人は、無償化!みたいなことを簡単に言わないことが多いと思います。以前からも発信している通り、無償化するなら例外無しの一律完全無償化です。

 

可哀想な弱者だから・・・といった単純なことでは片付けられない現実があるだけではなく、その現実から色々の問題が複雑化して生じてしまうことも明確に分かるからです。

 

それが、池田小とかカリタス小事件のようなことにつながることが心で分かる。

 

でも自分ばかり見ている人には何も見えないはず。そもそも見ようともしていないことがあると思いますけどね。

 

分からない人もいるということだと思います。

 

おそらく、数字だけをならべて理屈を作ってポージングという発想、思考から大阪の過去の事件につながった感覚も見えていない。

 

よって、また同じことが繰り返されるはずで、これは人間が苦難の道を歩む限り仕方ない感じですが、今後は数多く発生するはずです。

 

分かる人には分かりますが、分からない人には全く分からない。

 

既に何度も言っているのに改善をしないどころか、状況を加速させている感じです。それぞれが見ているのは自分だからです。

 

ビビらせてるだけだろって位に考えているわけです。で、ガチで私も思うわけです。その学問要るの?社会的価値があるの?って。

 

それでまた事件があって、心が痛いと言って目を見合わせた後に、大した改善もせずにお気楽お手軽なテレビショーのような世界に学者も含めて国民全般の関心は戻っていくわけです。

 

この流れはいつものことなので、覚えておきましょう。

 

学問の不快に耐えられないということだと思います。

 

例えば、解剖のグロさに耐えられずに見た感じ解剖して終えるような状況でしょうかね。

 

だから解剖なんかは高い知性が求められますね。そのような知性が社会に枯渇しているということです。

 

社会保障の件から考えれば、社会保障が単体で悪という話ではなくて、社会としてどのように機能する社会保障であるべきかという視点から完全に目を離さないことが大切です。

 

自分の都合の良いところだけしか見ないなら、社会保障を触る能力を有していないように思います。

 

細やかな部分まで想像もしないし、考えもしないし、感じることも出来ない状態で、色々なことを、それぞれの立場で自分の気持ちの良いようにだけ発することから脱することが出来ない今。

 

つまり、それぞれが自分の肉的な願望に支配されて、さらなる充足ばかり叫ぶ人たちが多くなっている今。

 

その叫び声が怒りの声となり、暴力となりつつあることを感じる今。

 

この今、保護者は自分の子供をどのような考えを持って守っていくべきでしょうか。

 

それは軸足を自分に持ってくることだと思います。

 

社会ではなく、自分に持ってくることです。

 

意味がよく分からない場合は、世の中の99%がバカだと思ってみると良いでしょう。

 

どこの大学に行っても、どこの会社に行ってもバカだけに囲まれているイメージ。

 

バカに自分の人生を決められたくないですよね?

バカに自分の身を任せたくないですよね?

 

で、実際に自分の人生において決断するときに、自分より優秀な人っていないと思った方が良いですよ。

 

何か特定の分野について、自分より知識があるとか経験があるとか、そういうところで人の力を借りたり、人の知恵や知識を謙虚に学んだりしたら良いだけで、自分の人生については自分が一番よく知っているはずです。

 

この視点をしっかりと取り戻すべきだということです。

 

もちろん、これは大人になって自立していることが前提ですけどね。

 

そうすると、バカな人たちが作り上げた空気感で色々なことを決定しなくなるはずです。

 

貧乏だと金持ちバカが言っていることを真に受けやすいですが、残念ながら相手はだいたいバカですから。

 

ちゃんと自分で考えよう!ということです。

 

そうすると大してお金も無いのに、無理して小学校から私立に通わせることに疑問を持つことにもなるでしょう。

 

車で送り迎え出来るような家庭とか、今回のカリタス小学校のような通学環境なら話は別ですけどね。

 

大してお金もないのに小さな子供を満員電車の中にぶち込んで私立コースってことは少なくなるでしょう。

 

満員電車もバカ99%ですから。

 

そこに小さな子供を無理やり押し込むわけです。バカになるように物理環境から押し込んでいるかのようです。

 

東京ではバカとベッタリと密着するリスクを年中かかえて、電車の目的地はバカ99%の教師が待つ学校というオチが待っているわけです。

 

ズコッー!って感じです。

 

そりゃ、全国一位とか二位とか、そのあたりをテストで競うような学校なら想定する環境が違ってくるのでしょうけれど、基本的に安全面で考えても満員電車に小さな子供を押し込むなら無理して行かせることはないです。

 

この安全面への意識が、今後は特に重要な点になることもあるからです。

 

自分に軸足を置いている保護者であれば、安全面が必須と考えるでしょうけど、軸足が社会の側にあると、バカ学校に身を任せて大金を放出した挙句、物理環境も超危険な状況を当たり前のように子供に押し付けることになりかねない。

 

当たり前のように大学へ行くこともそうです。

 

「バカだなぁ」と思う大学の先生って普通に目につく時代になりました。

 

バイトライターさんが書いた記事だなぁ・・・と思いながら、ザっと読み進めた結果、最後に「○○○大学教授」とか書いてあって、先日もネット記事にゲー!!!となっていたところです。

 

言葉の使い方とか、そういうものがダサいとかではなくて、伝えたい内容そのものに自分の思考が全く無い感じの記事。

 

これを本当に教授が書いたの?ってやつです。しかも明らかに30代とかじゃない人でしたからね。若いなら不慣れなのかな?って感じになると思いますが、その思いは全く不要な感じの人でしたね。

 

全く揉まれてない学者がノコノコとネットに登場してバカをさらす。で、敬意を払え!って・・・、どの口が言ってんの?って話なわけです。

 

どこかから記事を持ってきて、つなぎ合せただけなんじゃない?って感じの記事でしたね。使い捨て感でいっぱいのサテライトサイトで使うような記事を教授が自慢げに放出しています。

 

そういうバカを最期まで信じ抜いて博士まで進んで「あぁ、大学様は救ってくださらなかった」と自殺への道を歩む人だっている状況です。

 

学歴にだけ身を任せた結末として自殺する人もいる。

 

それで何を信じていたかと言えば「バカ」を信じてしまっていた。

 

自分を手放してはダメなわけです。

 

社会に負けない自分の思考を中心に据えるべきです。

 

本質的にそれが達成されるからこそ、他者に対しても心から謙虚になれるものです。

 

その思考の土台に感謝は必須です。

 

関連記事:感謝の心を育むために絶対に欠かせないこととは

 

(まとめ)

  • 妬みを買われないように!
  • 基本、バカしかいないからね!バカに身を任せて自分の子供の安全を手放したらダメ!自分の思考を中心に据えて研ぎ澄ますこと!

 

(後追記)

「私たちの地域の小学生は引率もなくて、自分たちだけで地元の路線バスを使って通学しているよ」「教育格差の方が気になるな!」という声もあり、確かにその視点も大事だとは思いますが、それ以上に大都市圏を中心に治安悪化が深刻になっていくはずです。子育てするなら大都市はデメリットだらけになっていくはずです。子供を持ったら地方移住。これを考えましょう。

関連記事:令和へ。バカと天才だけが元気な世界になる背景