令和で勝利する人生の戦略とは

令和時代の国民生活戦略

昭和、平成、そして令和も、資本主義経済がさらに影響力を増していくことは間違いありません。

 

資本主義がお金のある存在に有利に働くことで、その存在の力が増し、そして、その力によって多くの人たちの生活が向上すれば、資本主義は良い影響を社会に与え続けていくと思います。

 

ですが、そのようなことばかりではないです。

 

これまでも資本主義の問題点については触れてきました。

 

それは単に資本家と位置付けられている人たちだけに問題があるわけでもないです。

 

金融資本主義、それ自体にももちろん問題があります。

 

そんな「議論」を待って、そこから知恵を得ている期間におそらく多くの人の人生は終わってしまいます。

 

ですので、令和においても自分の思考、自分の判断を中心に持ってきて生活をすることです。

 

その時に、資本主義が提供する良い影響力、ITが提供する良い影響力についてはしっかりとすくい上げて生活を続けていくことが大切だと思います。

 

多くの国民にとって、今後はこの視点が本当に重要になってくると思います。

 

節約思考の人が増えて物が売れなくなってしまうと景気が悪くなります。

 

そしてデフレ経済になります。

 

デフレが問題とされ続けてきた平成ですが、商品の価格下落自体は、資本主義が多くの国民にとって最も良い影響力を発揮し続けていく限りにおいては良いことです。

 

良い物がより安くなっていく経済社会が前進するためです。

 

本質的にデフレが問題になる背景には資本主義の良い影響力をうまく働かせることが出来ていない企業が作っている商品が多くなっているため、価格が高く、品質面でもそんなに良いものではない商品が多くなっていることもあります。

 

そもそも、この状況を後押ししている商品クオリティとか組織体制などに問題があるってことです。

 

だから、デフレを心配するのは政府とかメディアとか企業経営者とか学者とか日銀とかの話だと聞き流しておけばOKです。

 

一国民の視点ではより良い物をより安く!買っていったら良いだけ。

 

より良い物がより安くないと買わない。これ当たり前です。

 

これは大手企業を甘やかさないということにもつながります。

 

令和は住む場所にこだわる

そういうことを考えると資本主義の良い力を受けられるような地域には住んでいること。

 

これは賛否両論あると思いますが、ある程度の都市性がある地域に住んでいた方が良いと思います。

 

あまりにも山奥とかは避けた方が良い。

 

もちろん、経済的にも時間的にも、色々なことが余裕な状態に入っている人で山奥が良いという人はそれで良いと思います。

 

でも、そういう人は一握り。

 

一般の国民生活レベルで生活している人を想定すると、やっぱり都市性があった方が良いかなと思います。

 

資本主義のメリットを受けやすいからです。

 

ですが、大都市圏ではストレス社会が今後さらに深刻になっていくはずです。

 

学歴絶対正義主義、ステータス主義、評価主義、貧富格差の拡大。

 

こういった空気感が大都市ではさらに色濃くなっていくはずです。

 

つまり、大都市に近づくほど生きにくさを感じる人が極端に増えていくはずです。

 

「生きにくい」

 

これはつまり人生で損をしている状態です。

 

「生きにくい」

 

これはつまり「感謝」を感じることが出来ていない状態です。

 

感謝を感じることが出来ないということは、環境に問題があるということです。

 

感謝のない人生など人生と呼ぶべきではないと私はそう思います。

 

感謝を感じることが出来ること。それが社会性のある人として機能する人です。

 

つまり、感謝を全く感じていないなら、その人がやっていることの全てが本質的に社会にとって役に立っていないと考えるべきだと思います。

 

環境を変えるべきということです。

 

そういうこともあって、地方都市にフォーカスしてはどうだろうかということです。

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東京が終わったタイミングと感謝への道

今になって社会の問題を深刻に考える人がいます。

 

それから、色々なことに対して何もする気力がわかず、どうしようもない状態を感じている人も多いのかもしれません。

 

こういった状況の出発点となった日は、おそらくあの日だと思います。

 

あの日、それは東日本大震災で大津波が東北地方を襲った後、福島原発事故が発生して東京に放射能が降り注いだあの日のことです。

 

その中心でポカンとした表情で空を見上げていた東大教授を見た時に、私の中で「あぁ、これは終わったな。」とそう思いましたね。

 

その終わりは既に告げられていたように感じます。

 

それを実感出来ていないだけ。何が終わったのかも分からない。

 

それはその「知」が終わりに達したということです。

 

ですが、そのことを現実のことだと捉えることなど出来ないはずです。

 

そうは言っても、みんな色々なことがあるということだと思います。

 

そもそも、それ以外に何があるんだと。

 

君はどこのことを言っているのか。そもそも学問体系は積み上げ式だということもあるでしょう。

 

そこについて色々なことが言えますが、この場で一言で言うとすれば、全てに感謝が伴っていないということです。

 

その状態であれば本質的に社会の役に立っていないってことです。

 

それは学問でも例外ではないです。

 

お金を持っているとか持っていないとかに関係なく、そこにいる人たちを全て含めて貧しいことしかしていない。

 

競争一辺倒、奪い合い、騙し合い、けなし合い、その結果の強い不足感。

 

不足を補うための虚栄心による学歴絶対正義主義、ステータス主義、評価主義。

 

その結果、どこまでも続く不足感に陥り、その慢性不足を補うための自慢人生があります。

 

全てにおいて不足しているから、どんなものでも貪るようにして追い求めます。

 

それを上から下まで一億総ポジショントークで肯定してしまった、問題として捉えなかったこと。

 

その状況が「知」を追求する者たちにまで及んでしまったこと。

 

そんなタイミングで放射能が降り注ぎ、「違うよね~」と声をかけてもらっていたということです。

 

この状況から個人の力で何かを取り戻せるでしょうか。

 

政府の力で何か出来るでしょうか。

 

不可能だと思います。

 

やはり、このまま苦難の道を歩み続けるしかない。

 

そうであれば、そういう所にいる人たちと関わる時間をゼロにした方が良いです。

 

そのためにも、住む場所にはこだわった方が良い。環境にはこだわった方が良いです。

 

感謝に満たされた自分の人生を取り戻していきましょう。

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